第8回海南島「現地調査」2012年3月16日〜30日



羊角嶺水晶鉱山跡(屯昌県)。三菱鉱業が付近住民を
強制労働させて資源を略奪した(12.3.23.)



符名鳳さん(1929年生)。
幼いころ羊角嶺水晶鉱山で働かされ、
過酷な労働、飢えや病気で亡くなった
ひとが捨てられて折り重なっていたの
を見た。符名鳳さんは『屯昌文史』で
地域の日本侵略史を明らかにしてきた。
2000年春以来の再会(12.3.23.)



母たち、女性7人が殺され埋められた場所を探す
謝国運さん(82歳、1931年生)。
いまはゴム林の中(屯昌県定文龍河嶺賽12.3.22.)



屯昌県南呂村の鍾時常さん(1924年生)。
日本軍が村に入ってくる前は、山中など各地を逃げ
回った。その後、南呂村の日本軍基地設営工事に動
員された。軍敷地内に「妓園」があったという。
陵水の飛行場工事にも連行された(12.3.22.)



日本軍に空爆された黎族の村、七坊鎮高石村。
いまも爆撃の穴が残る(12.3.25.)



七坊鎭保優村の竹林。ここで村民が殺された
(12.3.25.)



和慶鎮和慶村の楊兆経さん(1928年生)。
共産党に入って日本軍と戦った。
戦う前はみんな日本軍だと思ったが、
捕まえたら、台湾人も朝鮮人もいた、
と話す(12.3.21.)



金波郷玉花村。
石碌鉱山から逃げてきた労働者をかくまった。
彼らの内ほとんどが捕まり殺されるのを、
村民は目撃した(12.3.24.)



呉桂娥さん(1922年生)。左は孫。
1942年から1944年まで
瓊山県独立隊第一大隊の看護員・通信員、
1944年から瓊崖縦隊第二支隊の看護員
として抗日戦線に
(雲龍鎮北坡村12.3.27.)